VIRGIN TRIUMPH | 遂にユーラシア大陸 最西端へ 山田健さんのコラム

遂にユーラシア大陸 最西端へ

  • 掲載日/2016年01月08日
  • 写真・文/山田 健

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「ここに地終わり海始まる(Onde a terra acaba e o mar começa)」

ロカ岬の石碑には、こう書かれている。西の果て、大西洋を見たときはなんとも言えない気持ちだった。今でも覚えている。言ってしまえばただの海だが、太平洋から大西洋まで走ってきたと思うと、特別な気持ちだった。この先にはアメリカ大陸がある、そんなことを思うと壮大な浪漫を感じられずにはいられなかった。

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ユーラシア大陸横断と言えば多くの旅人が目指すところ、それはポルトガルのユーラシア大陸最西端ポイントであるロカ岬だ。

ヨーロッパ最西端と言うと語弊がある。ヨーロッパでは、しばしば「ここじゃないとか」と言われてきたが、大西洋に浮かぶ島になるらしい。沢木耕太郎の「深夜特急」では、ロカ岬ではなくサグレス岬という別の岬について書かれていたから、そこには時間があれば行こうと思った。

そんなロカ岬へ到達するまでの数日間を振り返ってみたいと思う。

ポルトガルに入ったのは10月11日だった。この後イギリスのトライアンフ本社へ行くためには、少々急がなくてはならない。イギリスはポルトガルよりもかなり北に位置するから、寒くなる前に行きたかったし、シェンゲン協定で、ビザ無しだとシェンゲン圏には90日しか滞在出来ないからだ。

ロシアでのクラッシュ、ベルギーのトライアンフディーラーからの突然の連絡、さまざまな出会い。当初の予定では、ノルウェーの北極圏にあるノースポイントであるノールカップも目指していたが、ロシアでの修理もあり、予想以上にロシアの滞在が長くなってしまった。

挙句には悪徳警官(自分ではそう思っている)に捕まってしまったこともあった。その場で足止めされて「プレゼントをくれ」と言うので仕方なく日本ぽいモノをプレゼントしたら解放してくれた。

また、ビザの期限は残っているが入国カード(※)の期限が過ぎていたことでホテルに断られたりと、少々うんざりしていた。そんなこともあって急ぎ足でのロシア出国になった。結局、ロシアを出国したのは8月末だった。

※入国カード:ロシアに入国する際に記入する紙。滞在予定期限や目的などを記入する。ツアーでもないのでビザと同じ期間を書いたほうが無難。短い期間で書くと「期限切れだから」と宿に泊まれなくなる場合がある。

ノールカップは北極圏ということもあり、9月にはかなり寒くなると聞いていた。なのでロシアからフィンランドではなく、エストニア、バルト三国へ抜けることにした。そもそも旅は予定通りに行かない。その都度状況判断が必要になる。不思議とノールカップを断念したときは、悔しいとは思わなかった。またアタックすればいいから。

日本を出て何カ国走っただろうか。ロシアから、バルト三国を抜け、カリニングラード、ポーランド、ドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、ドイツ、オーストリア、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガルまで来た。カリニングラードを入れると16カ国目だ。

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フランスからスペイン北部に跨るバスク地方に行き、ベレー帽を買った。ベレー帽はバスク地方発祥と言われている。おじいさんが普通にベレー帽を被っているのを見て、かわいいと言っては失礼だが、似合っていた。それを見たら無性に欲しくなった。

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美食の街、サン・セバスチャンで2、3日ゆっくりした後、世界遺産にもなっているサンティアゴ・デ・コンポステーラと巡礼路を走りたくなった。サンティアゴ・デ・コンポステーラは、キリスト教のエルサレム、バチカンと並んで3大巡礼地になっている。

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サン・セバスチャンからブルゴスという街へ抜ければ、その巡礼路に行くことが出来る。本当はその巡礼路を歩きたかったが、そんな時間も無い。

ブルゴスの広場で休んでいた時、スペイン人のバイカーに会った。「この道を進もうと思うんだけど」と言うと、彼は「その道は退屈だ」と言う。バイクで走るのであれば北に行く道を薦められた。ワインディングあり、山道あり、スペイン北部の景色を堪能出来るとか。

その時思った。自分の考えはコロコロ変わる。あって無いようなもの。なんだろうと思うこともあるが、よく言えばフレキシブル、柔軟なのだ。まあ良しとしよう。進路変更だ。

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スペイン人のバイカーに教えてもらった道は本当に良かった。ものすごい強風だったが、乾燥した大地を抜けて行くとスペインらしい景色、丘陵地帯になる。所々岩盤があらわになっていて、長い年月を経て風化したのだろうか、テーブルマウンテンのような山々があった。巡礼路も走ってみたかったが、それぞれの思いがあってこそ歩いて意味のあるものになる。バイクで巡礼路沿いを走っても、今の自分では何にもならないと思った。

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ビスケー湾沿いを走り、アコルーニャ経由でサンティアゴ・デ・コンポステーラに着いた。サンティアゴ・デ・コンポステーラでは、様々な思いを持った人が祈りを捧げていた。杖を持った人や、もう歩けないほど疲れたのだろうか、座って動かない人、記念写真を撮っている人など。神秘的な音楽も流れている。音、匂い、ビジュアル、すべてを刺激された。そんなこんなで日本からここまで来たんだなと感慨深い思いになった。

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そんな時、話し声が聞こえた。日本語だ。しばらく使っていない。どうやら観光客のようで、ツアーで来ているおばさんたちだった。日本語を聞いて脳の中でスイッチが切り替わったのだろう。非日常の世界から、日本にいた自分に引き戻された気がして虚しかった。

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スペイン北西部からポルトガルにかけて、10月は雨が多いらしい。雨ばかりだった。ここを抜ければ遂にポルトガルだ。スペインの海沿いを南下するときに大西洋を見た。思わず横道に入って、見入ってしまった。

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ポルトガル北部とスペイン国境は河になっている。対岸にポルトガルを見ながら橋を渡った。ゲートも何も無い。看板だけだ。ポルトガルの高速道路は有料で、一部だが日本で言うETCのようなシステムが導入されている。ゲートすら無いので現金で払うことも出来ない。通過すると料金が加算されていく仕組みだ。支払方法も分からないので、なるべく一般道を行くようにした。港湾都市ポルトに着いたのは夜だった。

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まずは宿探しだ。僕のスタイルは、事前に宿を決めて走ることはあまりしない。適当に目的地を決めたら、目的地周辺でWi-Fiを見つけてインターネットで安いところを探す。見つけたら実際に行ってみる。バイクが停められるか見るためだ。

もしくはキャンプ。もちろん疲れているときは別だが、ホテルは予約していないとフル(満室)の可能性もあるので注意が必要だ。まず1軒目、レセプション(受付)が終わっていた。泊まっている人が親切にもオーナーに連絡してくれた。でも結局ダメだった。近くのカフェを紹介してもらって2軒目を探す。

今度はネット予約してから行った。しばらく走って宿に着いた。「予約しているんだけど」と言ったら「お前は泊まれない」との返事。「は? 何で?」と聞いたら、クレジットカードの有効性チェックがダメだったとか何とか言っている。

「ふざけんな! このカードは今日も使ったぞ!?」と言うと「もう次の予約が入っている」と…。ムカついた。

ちょっと話していたら落ち着きを取り戻した。また1から出直しだ。真っ暗な中、知らない国を走る。どこまで行こうか。ここらで野宿しようかと思ったとき、ホテルアイビスの文字が。「あ、い、び、す?」日本にもあるぞ。レセプションに行ってみたらラッキーなことに部屋が空いていた。値段もそんなに高くもない。疲れていたので2泊予約した。

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翌朝、昨日のカフェへお礼をしに行くついでにポルトを走った。ポルトの街並は河を挟んで歴史地区もあり、美しい。本当はポルトワインを飲みたかったが、運転中なので自粛(飲んで運転している人もいたけどね)。ポルトガルの大衆料理と言えば、ポテトにハム、チーズ、目玉焼き、そしてパンだ。

ポルトの後、お世話になったカフェでお礼を言って休んでいると、昨日会った人が友達と一緒にやって来た。1人はサーファーらしく、ポルトガルはサーフィンのメッカらしい。彼はペニシェ(Peniche)という街を薦めてくれた。次の行き先決定! ペニシェはプロサーファーの大会もある有名なスポットらしい。ロカ岬とポルトの間にあるし、丁度良かった。

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海沿いの小さな街を走りながらペニシェを目指す。途中、フィゲイラ・ダ・フォズ(Figueira da Foz)という港町に寄ってみた。魚が食べたかったからだ。ポルトガルは大西洋に面していて、どことなく日本の料理と似ている。

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この街で鰯、鯵を食べた。旨い。しかも安い。1,000円くらい出せば山盛りの魚が出てくる。しかも、無料で鰯のフライが食べられる。注文したメニューが出てくる前に食べ過ぎてしまった。バイクで出発する時、お店の人が出てきてくれた。ポルトガル人は本当に人懐っこい。

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ペニシェは小さな半島になっていて、波風に浸食された美しい断崖と砂浜のある街だった。安宿を見つけたので予約して行ってみるが、見つからない。看板も無い。ここだという場所に来ても、ただの高層マンションだった。マンションに入っていく人がいたので尋ねてみたら、どうやらここで間違いないらしい。

「ついて来な」と言ってエレベーターで上がっていくと、マンションの一室だった。そこにはWi-Fiもあって、しかも安い。ここ重要。予約は2泊だったけどもう少し居たくなった。しかし近々サーフィンの大会があるらしく、予約はフルだった(残念)。

さっき紹介してくれた人はサーファーで、マンションの一室に住んでいるらしい。後で友達と食事するからと招待してくれた。泊まった宿は案の定、僕以外サーファーだった。ウェールズ、ロシア、ブラジルなど、世界各国からのサーフトリップだ。楽しい夜だった。

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朝になって砂浜を散歩した後、ロシア以来となる散髪をした。言葉は通じなかったけど、身振り手振りで伝えた。カット、シャンプー、ブロー込みで10ユーロほどだった。気分爽快だ。

さて、その後いよいよロカ岬へ行こうと昼頃ペニシェを出発。片道150キロほどだ。海外を走っていると距離感覚がおかしくなる。片道150キロが近いと思った。

しかもロカ岬へ行く前にリスボンへ行き、トライアンフ・リスボンを訪問して帰りがてらロカ岬へ行こうと思ったが、この考えが間違いだった。

トライアンフ・リスボンの人からも「もう遅いから」と言われていたが、荷物を宿に置いてきたので久しぶりにバイクが軽く、調子に乗っていた。ヨーロッパ特有のラウンドアバウト(環状交差点)でバイクをリーンさせながら木の葉のように軽快に走っていた。その時、路面に砂があったのか、リアが滑り出した。咄嗟に逆ハンドルを切ってアクセルを開けたら、ドリフトのような感じで何とかバイクが立ち直ってくれた。危なかった…ダサかった…。気を引き締めて走り直したが、すぐに暗くなった。結局、この日はロカ岬を断念した。

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翌日、気を取り直してロカ岬へアタックした。この日も天気は良くなかった。ダメなら近くのシントラという街で待機しようと考えていたが、霧のシントラを抜けてロカ岬に行くと、なんと晴れてきた。

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遂に到達。大陸横断達成。初めて自分で自分を褒めたいと思った(笑)。日本を出て98日、家を出て104日、バイクでユーラシア大陸を横断出来た。何物にも代えがたい気持ちだった。ここでしばらくボーッとしていたのを覚えている。

さあ、次はいよいよトライアンフ本社だ。

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