VIRGIN TRIUMPH | 3-3 日本には283社ものバイクメーカーがあった 立花 啓毅さんのコラム

3-3 日本には283社ものバイクメーカーがあった

  • 掲載日/2015年08月07日
  • 文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)

戦後間もない頃、多くのバイクメーカーは町工場のようなところで生産していた。バイクと言っても自転車のようなフレームにちっぽけなエンジンを積んだものがほとんどで、パタパタパタと青い煙を吐きながら駆け回っていた。

立花啓毅さんのコラムの画像
スズキ ダイヤモンドフリー(1952年)
自転車に取り付けた補助エンジンでは、最もパワフルで2段ミッションを持っていた。後に排気量70㏄も登場。私はこれをチューンしてレーサーにしていた。

八百屋さんや酒屋さんはそれにリアカーを付け、荷物満載で配達していた。まだダイハツ ミゼットが誕生する前の光景だ。今は電動アシスト自転車でリアカーを引くクロネコヤマト便を見かけるが、その光景は残念だが戦後の姿と変わっていない。

ちょっと脱線したが、このパタパタの時代は、非常に多くのバイクメーカーが林立していた。トーハツ、フジ、アサヒ、ポインター、トヨモーター、クインロケット、ハヤブサ、ライラック、メグロ、昌和、陸王…と、思いつくだけでも書ききれないほどだ。では日本にどのくらいのメーカーがあったのか? が気になり、調べることにした。

まず目に留まったのが、英国のヒューゴ・ウイルソン氏が世界のバイクメーカーについて調べた資料だ。それによると、1855年に生まれてから今までに3,463社も存在したと言う。内訳はイギリス685社、ドイツ667社、イタリア567社、フランス479社、アメリカ340社、日本は68社と記されている。

イギリス人が日本の戦後の混乱期に、どのようなメーカーがあったのかを調べるのは至難の業であろうから、この68社という数に少し疑問を持った。そこで図書館などを廻ってみたが、それらしい本や記録資料は見当たらない。

そこでこの道に精通されている出版社の方にお願いし、関連資料を探してもらった。少し時間がかかったが、社団法人 自動車工業振興会が1978年に【自動車博物館調査報告書(Ⅰ)】を発行し、そこに記載されていることが判った。しかし、その資料がどこにあるかが判らず、関係先をしらみつぶしに探し、やっと辿り着いたのが、芝大門にある自動車会館内の自動車図書館である。

早速訪れると、それはA3サイズの横書きで、厚さは1センチほどのレポートだった。内容は重複があったり、3輪、4輪のページに2輪が掲載されていたりで正確には数え切れていない。

そこで全ページをコピーし、時間を掛けて整理してみると“日本には283社のバイクメーカーがあった”ということが判った。やはり英国人が調べた68社とは大きな差がある。この283社だと一気に英、独、伊、仏、米に近づく。

ところがこの資料を作るための出典元を見て唖然とした。モーターサイクリスト刊【国産モーターサイクルの歩み】、ドライバー刊【日本のくるま100年】、小型自動車新聞刊【小型自動車界の歩み】、交通タイムス社刊【日本小型自動車変遷史】などである。

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ホンダ カブ2F型(1953年)
丸い水筒型のガソリンタンクの初期型に対して排気量を上げてパワーアップした。排気量は60㏄で馬力は1.0HPプラス。

なぜ自動車工業振興会は、一般の出版社資料からまとめたのだろうか。会社を興す際には国に登録するわけだから、そこで検索すれば正確なものが出来たと思う。しかもこれは、内部資料で未公開であると言う。確かに内容的には公開するに値しないが、いずれにしても海外メディアは勿論のこと、我々も目にすることは難しい。

恥ずかしいことに、日本は世界最多の生産国でありながら、過去にどのようなものが作られたのかが判らないのだ。自動車工業振興会は立派な社団法人であるのだから、過去の功績をきちっと整理して公表すべきだと思う。それについて考えを拝聴しようと責任者を訪ねたが、席を空けられており、代わりの方もおられないとのことで、残念ながら確認せずに終わってしまった。

ここが欧米、特に英国との違いである。なぜ日本人は先人たちが残した遺産を大切にしないのだろうか。

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BS バンビー31(1953年)
ゴムローラーをリムに押し付けて駆動。エンジンは倒立型でプラグが下にあり、プラグが被ることが多かった。排気量は40㏄で馬力は0.85HP。

話は変わるが、ドイッチェ・ミュージアムをご覧になった方は多いことと思う。ここは単に歴史を示すのではなく、ドイツは世界一だということを無言で訴えかけている。

度肝を抜かれたのは、入口からはみ出んばかりに置かれた巨大な木造船だ。それに圧倒されながら数々の船の間を抜けると、世界最強のUボート、潜水艦が目の前に広がった。乗り込んでみると中は鉛電池で埋め尽くされ、人のスペースはほとんど無い。こんな暗く窒息しそうなところに乗って日本とドイツを行き来し、連合軍の戦艦に大打撃を与えたのだ。実物に乗り込むと、資料で知るのとは違い言葉では言い表せないものが背筋に伝わってきた。

Uボートから出ると、上にはユンカースの飛行機。もちろん機関車からクルマ、バイクも時代の変遷が判るように展示されている。人々を圧倒する膨大な乗り物群は、ドイツの技術力と言うよりドイツはとてつもない国力を持っていることを無言で示している。我々のようにモノを創る人間に必要なのは、このように魂を揺さぶるモノを体感することだと思う。それによってモノ創りに深さが出る。

日本の自動車メーカーも最近になって、そうした先人たちの遺産の大切さに気づき、過去の資料や作品を収集し、ミュージアムを作るようになった。しかし、未だに無頓着なところもある。

自動車工業振興会は、先人たちの功績をきちっと整理して世界に発信すべきだと思う。

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