VIRGIN TRIUMPH | 6-17 心打つ『世界最速のインディアン』 立花 啓毅さんのコラム

6-17 心打つ『世界最速のインディアン』

  • 掲載日/2018年05月11日
  • 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)

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先日、久しぶりに映画「世界最速のインディアン」を観た。今回で3回目になるが、この映画には、どこか心惹かれるものがある。それは「手に油する楽しさ」と、私が言う「世界は職人によって作られた」ことを見事に表現しているからだ。

ローマ時代から大きな建造物や家具は勿論のこと、料理も衣服も全てが職人の技と知恵によって生み出されてきた。産業革命で効率化されても職人の力によって成り立っている。最近はAIやIOTが話題になっているが、元をたどればどれも職人が作り上げたものだ。

技術屋も同様で、かのエジソンに始まり今回ご紹介するバート・マンローも優れた技術屋は、手に油した職人ばかりだ。そのため私が「手に油しない技術屋は使いものにならない」と言うのは、モノ作りの楽しさを知らなければ、いいモノが作れないからだ。欧州ではそういった職人を大切にしたマイスター制度があり、彼らを高く評価している。

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本題に移ろう。映画『世界最速のインディアン』は、実話を映画化したもので、主人公のアンソニー・ホプキンス演ずるバート・マンローが1920年製のインディアン・スカウトを大改造し、米国・ソルトレイクで行われる最高速チャレンジに挑戦する。

ニュージーランドの片田舎に住むバートは、作業場にベッドを置いたお粗末な掘っ立て小屋で暮らし、そこでアルミを溶かしてピストンを作り、フレームも自分で溶接して作り上げる。そんなマシンで世界記録に挑むのだ。それまでの記録は321km/h。これを超えなければならない。

すでに60歳を過ぎ、心臓発作と前立腺肥大、さらには金欠病にも悩まされながら母国ニュージーランドを発ち、地球の反対側ソルトレイクに向かう。そこは360度、見渡す限り地平線が広がるボンネビル。年に1回、最高速チャレンジが行われる場所だ。レースウィークともなると世界中から熱狂的な人々が集まる。

米国までの道中もなかなか大変で、前立腺に効くという犬の睾丸から作った薬をもらい、その苦い薬を飲んでやっと放尿。“ホーッ”と息を漏らす。なんとも共感するシーンだ。共感を呼ぶのは、何も放尿シーンだけではなく、自分で作ったマシンで世界に挑む姿である。

1920年製のインディアン・スカウトは、もともと高性能なバイクで、ノーマルでも最高速度は121km/h。レーシングカムとポート研磨を施したモデルは161km/hを誇る超高性能マシンだった。この超高性能の心臓は、なんとサイドバルブのVツインで750ccだ。また168kgの軽い車体は、低重心で、リーフスプリングのフロントフォークは運転しやすく、レーサーやヒルクライマーの間で絶大な人気を誇っていた。

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バート・マンローはそれをカリカリにチューンし最高速に挑む。ところが300km/hを超えると突然、自励(じれい)振動が発生。フレーム剛性が低いため路面からの刺激で車体がワナワナと共振したのだ。マシンはコントロールを失い、転倒すれば死に至る。彼はそれを必死でこらえ世界記録324.847km/hを樹立した。1962年のことだ。

実は私も富士スピードウェイの開会式で行われた模範レースで、ポールからスタートしたものの須走落としの1コーナーは、どんどんスピードが増し、突然、自励(じれい)振動が発生。死にそうになったことがある。昔はエンジンに対して車体がプアーのため危険だったのだ。

バートはその後も毎年ボンネビルに挑戦し続け、1967年に樹立した記録(1,000cc以下クラス)はいまだに破られていない。勿論、フレームはテコ入れしたものと思うが、1920年の旧いマシンで考えられないことをやってのけたのだ。

インディアン社はハーレー社より2年古い1901年に設立され、1907年には42度Vツインを発売。さらに27年の空冷直列4気筒の401は、ずば抜けた性能で絶大な評判を得た。

このエンジンはエースと呼ばれ、サイドバルブの1,300ccで、ヘンダーソン社が開発したもの。インディアン社はこの4気筒を積んだ三輪トラックも作り、戦後の日本に輸出していた。偶然にも近くの酒屋さんにこの三輪車があり、酒瓶や醤油を積んで配達していた風景を覚えている。当時小学生だった私は、学校の帰りに回り道をして、このインディアンを見に行ったものだった。鋳鉄のフィンも荒々しい4気筒エンジンは力強く、小学生に大きな刺激を与えてくれた。

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ところで、この映画が素晴らしいのは、マシンも当時のものを忠実に再現していることだ。実際に映画用に作られたマシンを見せて頂くと、エンジンは1934年に登場した超ロングストローク(82.5×112.5=1,213cc)のチーフのもののようで、バルブが剥き出しのOHVはあまりに格好いい。アルミシリンダーは、ドラッグレース用にフィンを削り落している点を見ても製作者はかなりの兵(つわもの)であることがわかる。このマシンからも映画製作者の強い想いが伝わってくる。

映画の中でバート・マンローは「夢は幾つになっても叶うもの。夢を追わない人は野菜と同じだ。リスクを恐れては何も出来ない。危険は人生のスパイスだ。ボンネビル・チャレンジの5分間は何十年もの長い人生より充実している」と、挑戦することを忘れた我々に檄(げき)を飛ばしてくれた。

『インディアン・スカウト標準仕様』米国製 1920年
  • エンジン=空冷42度V型2気筒SV
  • 排気量=750cc
  • 内径×行程=73.0×89.0
  • 最大出力=18hp
  • 最高速度=161km/h
  • 車重=168kg
  • 全長×全幅×全高=2100×800×950
  • 軸距=1,380mm
  • サスペンション=F:トレーリングリンクフォーク+リーフスプリング R:リジッドアクスル

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