VIRGIN TRIUMPH | 6-5 凛々しさ漂う『ベロセット・スラクストン』 立花 啓毅さんのコラム

6-5 凛々しさ漂う『ベロセット・スラクストン』

  • 掲載日/2017年01月13日
  • 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)

私は骨董にも興味があって、特に李朝時代(朝鮮)に作られた壷や皿が好きだ。そこには張り詰めた緊張感と、人間的な温もりが併存している。だから佇まいが静かで凛々しい。おそらく当時の陶工は、凛々しい生き方をしていたに違いない。

一方、近年、陶芸教室が人気であるように、焼き物は誰でも作ることが出来る。しかしわずかな面の張りだけで、可愛く見えたり、薄っぺらに見えたりもする。私には最近のバイクやクルマのデザインが、残念だがこの陶芸教室の皿茶碗のように見えてならない。

ベロセットKTTは、まさに李朝の焼き物に通ずる魅力がある。

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KTTは1939年に発表された排気量348ccの市販レーシングマシンで、34馬力を発揮し、最高速度は185km/hにも達した。しかもその発表は、ファクトリーチームがマン島TTレースで大成功を収めた翌年でもあったため、嫌が応にも注目を浴びたデビューとなった。

今から80年近くも前にリッター当り100馬力を実現させ、さらに信頼性にも秀でていた。そのため10年間もトップに君臨し続け、1949年、1950年の世界選手権までをも制した。

1960年代に入ると、ベロセット社はベノムに搭載していた排気量500ccのエンジンをベースに、シリンダーヘッドなどを新設計し、40馬力を発揮する高性能マシンを作り上げた。目的はスラクストン9時間耐久レース(市販車クラス)で優勝することだった。

結果は狙い通りの優勝を勝ち取ったことから、このマシンに「スラクストン」の名が与えられたのだ。

スラクストンは、その後も次々とレースで優勝を続け、1967年のマン島TTプロダクションクラスでもN・T・ケリーが優勝に輝いた。

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ベロセット社は、スラクストン用にレースキットとして、アルミ製の軽量ガソリンタンクやカウリングのほか、シート、バックステップなどを発売した。そのため多くの顧客がレースにこぞって参戦。写真は当時のレース用キットを組み込んだものだ。私はこのマシンを今もレースに使用し、全開で走らせているが、高性能であるだけでなく、丈夫で壊れる心配もない。

スラクストンはノーマルのままでもBSAゴールドスターより速く、ノートンマンクスをわずかに下回るほどだ。それだけではなく、トルクフルなエンジンは滑らかで、雑音の類いは一切なく質感の高い回り方をする。分解してみると、精度の高い緻密な設計がなされていて、力強く、しかも滑らかであることが納得出来る。

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ベロセット社は技術的に秀でていて、高性能なDOHCエンジンやスーパーチャージャーも開発した。しかし高性能なエンジンに対して車体の方はかなり遅れていて、自転車フレームのような構造のため、コーナーでは腰砕けである。その剛性の低さをパイプの肉厚で対応したため、非常に重い。

実は、ベロセット社はリアのスイングアーム方式まで発明したメーカーだが、1960年代になると経営的に苦しくなり、古いシングルクレードルを使わざるを得なかったようだ。

このジョンブル魂むき出しのベロセットは、誰もが英国車だと思っている。ところが、ベロセットはトライアンフ同様、ドイツ人が造り出したものだった。

創始者はジョン・グッドマンという名前で知られているが、元の名はヨハネス・グッゲマンという。彼は1876年、19歳の時に英国に渡った。当時はクルマやバイクが生まれる前の自転車の時代だった。そこで自転車製造を開始。

その後、ふたりの息子と共に「ニュー・ベローチェ・モータース」を立ち上げ、バイクの製造を開始。彼らは当初からマン島TTレースに勝つことを目標に、革新的で精度の高いエンジンを開発した。

そして1926年、69歳にして初めてTTでの優勝を遂げたのだ。TTは1周60kmのコースを給油しながら何周も回る過酷なレース。当時の技術力では長丁場を走り切れずに脱落するチームが続出するなか、ベローチェは品質の高さを誇った。その後、車名をベロセットに改名してもTTへの挑戦は続き、その頂点に君臨した。それはアストン・マーティンがかつてルマンを目標に活躍し、その名声が今に繋がっていることと、どこか通ずるものがある。

ベロセットがいまだに世界中のコレクターから高い評価を得ているのは、妥協を許さぬ「技術屋魂」がマシンから伝わってくるからだと思う。そのためか、兵器のように研ぎ澄まされた美がある。

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日本でトライアンフやBSAの名声がいまだに高いのは、米国と同様にこの2社のバイクが多く輸入されていたからだ。しかし、日本車の先生的存在だった英国車は1970年代に台頭した高性能、高品質、低価格の日本車にはついていけず、英国に685社もあったメーカーは、ことごとく息の根を止めてしまった。

ベロセット社も1905年に生まれ、このような数々の名作を残したが、残念なことに他のメーカーと同様、経営危機に陥り1971年に閉鎖した。

李朝の焼き物のように「気」を発するモノが、残念なことに世の中から消えてしまったのだ。

『VELOCETTE VENOM THRUXTON』1964年
  • エンジン=空冷単気筒OHV
  • 排気量=499cc
  • 内径×行程=89×89mm
  • 出力=40hp/6,200rpm
  • 変速機=4速
  • 最高速度=169km/h
  • 車両重量=177kg
  • サスペンション=F:テレスコピック/R:スイングアーム

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