VIRGIN TRIUMPH | 6-1 心の帰る場所『MG-B』 立花 啓毅さんのコラム

6-1 心の帰る場所『MG-B』

  • 掲載日/2016年09月09日
  • 写真・文/立花 啓毅(商品開発コンサルタント)

私は今までに100台を越えるバイクとクルマを乗り継いできた。若い時は貧乏だったため(今も相変わらずだが)、常にポンコツを買ってはエンジンを降ろし、全て自分で直していた。

またマシンの性能を引き出すため、サスペンションやエンジンをじっくり眺め、手立てを考えるのも好きだ。

そんな生活を子供の頃から送っていると、作り手が何を考えていたかまで判るようになった。単なる性能や機能でない作り手の文化面が伝わってくるのだ。

そういったクルマが名車だと思う。英国車にはこの作り手の意志や温もりが伝わるクルマが多い。第6章では、そういったクルマをご紹介していきたいと思う。

立花啓毅さんのコラムの画像

MG-B シリーズⅠ
写真はレストア中のもので、サスペンションはスパッツのダンパーで固め、レース用のハードトップを取り付けた。

好きな諺のひとつに「クルマはMGに始まってMGに終わる」というのがある。まさにその通りで、若い時にMGで青春を謳歌した人は、いずれまたMGに戻るということだ。

釣りも同様で、「鮒(ふな)に始まって鮒に終わる」という諺がある。そう言えば遊び回っても、最後は女房へ帰るという「母港論」もある。

「MG」「鮒」「女房」に共通するのは、寛容な包容力であると思う。包容力が大きいから、人は心を開放するのだろう。因みに母港論はそうあって欲しいと思う願望だが…。

私が最初に購入したMGは1964年のB型で、それまで乗っていたフェアレディSPを元手に手に入れた。まだ24歳の分際だった。

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エンジンは素朴な鋳鉄ヘッドだが、チューンするとかなり速かった。しかしMGの本当の良さが性能ではないことに気づいたのは、クルマを手放してから25年も経った後のことだった。その間、何十台も乗り継いだが、MGに心が戻ったのである。

それは性能にではなく、一緒に過ごした60年代の青春だったかも知れないが、MGには、そうした大らかさを感じるところがある。

心が戻ったからと言って、当時と同じクルマがあるわけでもなく、探し廻ってやっと同年式の右ハンを手に入れることが出来た。

単純なもので、当時と同じMGが傍にあるだけで、青春時代を取り戻したかのように思ってしまう。このクルマは一生乗るつもりで、フロアの鉄板も張替え、フルレストアを行なった。エンジンをバラすとついつい手が動いてしまい、燃焼室の形状を修正し、圧縮比を上げ、SUキャブレターもワンサイズ大きくした。

MGは今も部品が豊富にあり、カムシャフトは十数種類も用意されている。その中からリフトの高いものを注文。確か3万円もしなかったように思う。もちろんクランクやコンロッドも研磨。こういったチューンもEタイプ・ジャガーに比べると至って簡単である。

その効果は大きく、アイドルでは「ブリッ、ブリッ、ブリッ」と一発一発の燃焼が鼓動を打ち、ひとたび鞭を入れると甲高い雄叫びに変わる。トルクフルなエンジンは920kgの車体を力強く押し出し、実に気持ちがいい。日々の足にもってこいだ。

私が「B」にこだわって初期型を3台も乗り継いだのは、心情的な面だけでなく性能と実用性をきちんと押さえているからだ。「A」に比べるとホイールベースが77mm短くなり、全幅は62mm拡大。車重は7kg軽くなった。カウルポイントも低くなり、キャビンもトランクも拡大されている。私のBはバッテリーボックスの上にクッションを載せて、書類上は4人乗りにしている。

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MGとは「モーリス・ガレージ」の略で、ディーラーとして1910年にスタート。そこでスペシャルモデルを作り、MGの名を与えたのは1924年のこと。創業時から既存部品を寄せ集めた安いクルマだが、安物に見えることもなく、背伸びや媚のない素直なクルマである。おそらく創始者のセシル・キンバーの性格がそうさせたのであろうと思う。

MGが大成功をもたらしたのは、第2大戦中に若い米兵が欧州で小粋なクルマを目にした時に始まった。アメ車のような大きな鉄の箱ではなくキュートで粋なMGは、たちまち若い米兵を虜にした。

長い戦争が終わり、やっと帰国することになった彼らは、このキュートなMGも一緒に本国へ持ち帰った。帰国すると、戦争の被害を受けなかった米国は開放感に溢れ、必然的にスポーツカーの市場が生まれたのだ。そしてMGはプレスリーのロックンロールに乗って全米に広まった。

Bは18年間も作り続けられたが、その間1964年にクーペボディのGTを、1967年にはビッグ・ヒーレーの3L直列6気筒を積んだ「C」が用意された。この後継として1973年にローバーの3.5Lを搭載したV8も追加された。

もしBをお探しなら1967年型が良い。アルミボンネットがこの年式まで採用されており、エンジンが5ベアリングに変わり、ローギアにシンクロが付いたからだ。またGTも使い勝手がよく魅力的なクルマである。

Bの良さは、丈夫であることはもちろん、シンプルな構造のため整備しやすく、いまだに補充部品が豊富で安いことにある。

実はユーノス・ロードスターが生まれた背景には、このMGがある。というのは今の時代に誰もが使えるMGのようなクルマがあれば、もっと心豊かな生活が送れるのではないかと考えたからだ。私の原点がMGだから、ユーノスもどこか通じるものを感じて頂けるものと思う。

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この愛着あるMGも、バイクレースに熱をあげている間、全てのラバーは劣化し、ボディも錆だらけになってしまった。かつてコンクールで優勝したバリバリのクルマだったが、今やスクラップ同然である。

これを再び甦らせようと、今フルレストアを行なっており、近々完成する。これが出来ると、私にとっては2度目の「MGに始まってMGに終わる」ということになる。今もMGに心惹かれるのは、諺の通り、このクルマには家族のような温もりがあるからだ。

『MG-B』1962~1980年
  • サイズ=全長3,893×全幅1,516×全高1,254mm
  • 軸距=2,311mm
  • トレッド=F:1,244/R:1,250 mm
  • 車両重量=920kg
  • エンジン=水冷直列4気筒DOHC
  • 排気量=1,798cc
  • 内径×行程=80.3×88.9mm
  • 圧縮比=8.8
  • 出力=95hp/5,400rpm
  • トルク=15.2kgm/3,000rpm
  • 変速機=4段MT
  • サスペンション=F:Wウィッシュボーン+コイル/R:リジッド+リーフスプリング
  • ブレーキ=F:ディスク/R:ドラム
  • タイヤ=5.60-14

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